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<3〜転〜 へ>

彼女と彼氏と恋敵? 4〜結〜

 ちゅんちゅん、ぴぴ、と、小鳥たちが騒ぎ出している。
 じー、と蝉の声も聞こえる。今日も暑い一日になりそう。
 目覚ましよりも先に起きたみたいね。時計を見ると五時四十五分を指していた。
 ちょっと早いけど、外に散歩にでも行こうかな。そしてそのまま祐介の部屋に行こう。
 よし、そうと決めたら善は急げよ。もそもそと服に着替えて、妹を起こさないようにこっそりと部屋を出て行く。

 日差しはもう強くなっていたけど、風はまだ、山特有のしっとりと涼しい風だった。
「良い天気ねー」
 少し湿った道を歩きながら、一人つぶやいてみた。
 昨日までは、ここを憂鬱な気分で必死に走っていたのか。なんか、嘘みたい。
 ……小林のこと、信じている。今日からはあのドタバタはないだろう。
 ちょっと楽しかったんだけどなー、なんてね。

 もうそろそろいいかな。
 時計を見ると丁度六時過ぎ。よし、祐介の部屋に行こう。
「朽木、待つっしょ!」
 バッチグーが現れた。意外と早起きね。
「ん? どうしたの、世界エロ大賞初代チャンピオン」
「どうしたもこうしたもあるかっしょ! 昨日はよくも俺を踏んづけてくれたっしょ!」
「あらそう、ごめんなさいね」
 バッチグーの横をすり抜け先へ進もうとする。と、バッチグーが回り込んできた。
「ムキー! 反省の色が見えないっしょ! 償うっしょ! だからパンツ見せろっしょ、そしてその場で脱いで俺に渡せっしょ!」
「一回死んどく?」
「いえ」
「そう。じゃあね」
 今度こそバッチグーの横を通り、先へ進む。後ろからバッチグーの怒りの声が聞こえる。
「覚えてるっしょ、いつか必ずヒィヒィ言わせてやるっしょ!」
 はいはい、そうですか。

 やっと祐介の部屋に着いた。
 ごくりと唾を飲む。大丈夫よね。笑顔で祐介が迎えてくれるよね?
 ドアを開け、いつもより少し明るく呼びかける。
「祐介、おは」

「いやぁぁぁん、まいっちぃぃんぐっ!」

 ……。祐介だった。丁度トランクスを履き替えたところだったらしい。ちっ、遅かったか。
「入るときはノックぐらいしろ」
「祐介おはよー」
「だから、ノックぐらいしろって」
「祐介おはよー」
「……」
「祐介おはよー」
「お、おはよう」
「うむ」
 よろしい。朝はきちんと挨拶しなきゃね。

 祐介の着替えと洗顔が終わるのを待つ。と、天神が話しかけてきた。
「あれ、今日は樹どんじゃ無いでごわすか」
「そうよ。何か文句ある?」
「いえいえ、無いでごわすよ。さて、お出かけお出かけ」
 こんな早くからお出かけ?
「どこ行くの?」
「会議でごわす。早苗ちゃん会議」
 嬉しそうな顔をする天神。
「……え? なにそれ?」
「あら、知らないでごわすか? なら教えてあげるでごわす」
 待ってましたとばかりに説明を始める天神。誰かに話したくて仕方がなかったのね。
「早苗ちゃん会議っていうのは、早苗ちゃん本人と、鐘ノ音中の早苗ちゃん好きが集まって開く、週に一回の会合でごわす」
 なんじゃそりゃ。
「そこでは、それは様々な事が議論されるでごわす。早苗ちゃんが出した調査依頼についての結果を報告したり、新たな調査事項の提案と決議とか」
 意外と本物の会議っぽいわね。だけど……。
「あの、その調査ってのは……?」
「えーとでごわすな、主に、早苗ちゃんの興味の対象を発見することでごわすな。男子と男子が仲良くアッチッチなのとか」
「や、やっぱりか……」
 美南早苗、恐るべし。裏でこんなことをしているなんて……。
「おっと、会議に遅れるでごわすよ。それじゃあ、失礼するでごわす!」
 どすどすと音を立てながら天神が去っていった。なんだかなあ。


「悪ぃ、遅くなった」
「そう? 天神と話してたからなんともないわよ」
「そっか。んで、散歩でも行くか?」
「うん」
 二人での散歩の定番、鐘ノ音先生までの道を歩いていく。
 さっきよりも少しだけ高くなった太陽からは、まぶしくて暑い光が降り注ぐ。風も少し弱くなり、ちょっとした山道の道を歩くだけで、少し背中が汗ばむ。
 二人で、頂上まで黙って歩いていく。気まずいわけじゃない。ただ、黙っていたいから。二人の間で、それが今一番したいことだと思うから。
 頂上まで着いて、二人で鐘ノ音先生の下に座る。
 さて。祐介に聞かなきゃならないことがある。聞いてはっきりさせなきゃ。そう思い、口を開こうとしたときだった。
「あのさ、ちょっと目ぇ瞑っていてくれるか?」
「え? あ、うん」
 なんだろう? 私は言われるがままに目を瞑った。
 じゃらり。音がした。そして、手首に冷たい感触。
「いい?」
「うん」
 そっと目を開け、手首を見てみると、緑色のビーズで出来たブレスレットがあった。
 手作りらしく、何処か歪んだ感じがする。
 ビーズの輪の境目にある、ビーズと同じ緑色の石が光る。
「これ……、祐介が作ったの?」
「おう。ちょっと歪んでるのは勘弁な。」
「そんな。――ありがとう、祐介」
 照れてそっぽを向く祐介。
 ちょっと不格好なブレスレット。でも、祐介の気持ちが伝わってくる、暖かいブレスレット。
 とても嬉しかった。でも。
「でもさ、なんでいきなりこれを?」
「え?」
 素っ頓狂な声を上げる祐介。意外そうな顔をしている。
「そりゃ、あれだろ。彼氏として、あげるのは当たり前だろ」
「へ?」
 一呼吸置いて、祐介が私に微笑みながら言った。

「誕生日おめでとう、双葉」

 ……。え? あれ? 今日って――。
「あ。ああっ!」
「ど、どうした双葉!?」
「そうか、今日は私の誕生日か!」
 そうよ、そうだった。祐介と小林のことに夢中になってすっかり忘れてたわ。
「なんだお前、自分の誕生日だって事忘れてたのか?」
「うん。すっかり」
 がっくりとする仕草をしながら笑う祐介。
「なんだよ、これじゃ樹に聞いて作った甲斐が無いなあ」
「え、小林に聞いて?」
「おう。大変だったんだぞ。毎日樹の部屋に行って作ってたんだ。俺、不器用だから何日もかかっちまった」
 なんだ。そっかあ。なんか、一気に全部のつじつまが合っちゃった。そういうことだったのね。私への誕生日プレゼントを作るために、樹の部屋に毎日入り浸ってたのね。
「そうなんだ。てっきり私、祐介と小林が妖しい関係になっちゃったのかと思ってた」
「なんだ、その妖しい関係ってのは?」
「えーと、その。おホモだちってやつ?」
 その場に豪快にどさっと倒れる祐介。そして、苦笑いしながら私に言ってくる。
「あほかっ! そんなことあるわけないだろ。大体樹は……」
「小林は?」
「……いや、なんでもない」
 なんだそりゃ。いきなり口をつぐみましたぞ。
「まあ、いいわ。言いたくないのなら、今はそれ以上聞かないであげる」
「お、おう。助かる」
 今は気分がいいのよ。あとでじっくり聞き出すことにしようっと。

「改めて、ありがとう、祐介」
「お礼なんかいいさ。双葉が喜んでくれれば」
 照れながら言う祐介。
「いや、お礼をさせて」
「双葉?」
「こっちを向いて、目を瞑って。ね?」
「双葉……」
 言われたとおりにこっちを向く祐介。そしてゆっくりとまぶたを閉じる。
「祐介」
 ゆっくりと祐介の顔に近づく。
 大好き、祐介。
 そして、私は祐介の顔に――。







 ――パンチを浴びせた。
「ごべるっっっ!」
 もんどりうつ祐介。
「噛んだ、舌噛んだ!」
「ふふ、キスされると思ったでしょ。私のキスはそう簡単にあげないのよっ」
 悶え苦しむ祐介。
 ふふ。ちょっとやりすぎたかな。


 そう思った私は。







 その横顔に、キスをした。

―終わり―

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