HOMEへ戻る

文章保管庫へ戻る


<2〜承〜 へ>

彼女と彼氏と恋敵? 3〜転〜

 立 ち 入 り 禁 止

 小林の部屋の前に着いた私は、赤のマジックで書かれたその張り紙を見た。
 ふん、こんなものかまってられないわ。
 ずかずかと小林の部屋に入ろうとする私。
「だめだよぅ、勝手に入っちゃぁ」
「うひゃああ!」
 いきなり耳元で囁かれてしまった。耳は弱いのに。
 一体誰よ、と振り返ると、そこにはノートパソコンを広げながら立っている毒ガスの姿があった。
 パソコンからはあえぎ声が聞こえる。真っ昼間から何見てんのよ、こいつ。
「今、小林くんが作業中だから、入ったら駄目だよぅ」
「そんなこと知っているわよ。だけど入らなきゃいけないのよ」
「そんなことされたら、僕が小林くんに怒られちゃうよぅ」
「そんなの知ったこっちゃないわ」
 毒ガスを押しのけ、ドアを開ける。
「そんなぁぁ。後で折檻されちゃうよぅ」
 足にすがりつく毒ガスを引きずりながら部屋に入った。

 小林の部屋は綺麗に整頓され、掃除されていた。私の部屋より綺麗かもしれない。なんかくやしい。
 部屋の奥、カーテンの閉められた窓際に、机に向かって何かをしている祐介と小林がいた。残念ながら何をしているのかは二人の体が邪魔になって見えない。
 良かった、美南さんの言っていたような情事の現場だったらどうしようかと思ってた。
「毒ガスー、入ったら駄目だって言ったろう?」
 作業をしながら、こっちを見ずに小林が言った。毒ガスが入ってきたと思ったみたいね。残念ながらそうじゃないのよ。
「小林、ちょっといい?」
「な!?」
「え!?」
 驚いてこちらを向く二人。そして、机の上の物を体で隠す。あやしいわね。
「ど、どうしたんだ、双葉?」
「ごめん。祐介はちょっと黙っていて」
「お、おう……」
 小林と視線を合わす。じっとにらみ合う。
 先に口を開いたのは小林だった。
「……そろそろ来る頃だと思っていたよ」
「そう」
 意外と落ち着き払っているじゃないの。私がしびれをきらしてここに来るのが分かっていたみたいね。
「用件を聞こうか。長い話になりそうだね」
「いいえ、今はすぐ済むわ。簡単な話。今日の夕方、鐘ノ音先生の下に来て。そこで話しましょう」
「……わかった。必ず行く。用件はそれだけかい?」
「ええ。じゃあ、待っているわ」
 どこか余所余所しい会話が終わる。
 くるりときびすを返し歩き出す。そしてドアの前で止まり、背を向けたまま言う。
「祐介」
「……なんだ?」
 私は祐介を信じていいの? そう聞きたかった。でも。
「……なんでもない」
「そ、そうか」
 言葉に出せず、その場を後にした。


 鐘ノ音先生。そう呼ばれる木が、鐘ノ音学園近くの山にある。どんな種類だとか、樹齢何百年だとか、そういうことはどうでもいい。ただ、大きな力を感じる木。まるで、この鐘ノ音一帯を見守ってくれているみたい。
 西日が鐘ノ音先生に当たって長い影を作り出す。ざわざわと木々がざわめき、夏特有のなま暖かい風が吹いてくる。
 鐘ノ音先生の下で小林を待っている。鐘ノ音先生の横に、私の影が伸びている。
 その影の上に、新たな影が重なる。
「来たぞ」
 とうとう来た。ここではっきりさせなきゃ。
「単刀直入に聞くわ。あんた、祐介のことをどう思っているの?」
「……」
 こちらを睨み、じっと黙る小林。しばらくして、口を開く。
「……どういうことかな?」
「好きなの? 嫌いなの?」
「好きだよ。大切な親友だ」
「そういうことじゃなくて!」
 思わず叫んでしまう。
「朽木、落ち着けよ」
「くぅ……」
 ……落ち着かなくちゃ。冷静に、冷静に。
 お互い、じっと睨み合う。腹を探り合っている感じ。
「……本当にそうなのね? 友達として好きなのね? loveじゃなくてlikeなのね?」
「……」
 なんでそこで黙るのよ。友達として好きなんでしょ? そうなんでしょ? そう言ってよ、ねえ。
 長い沈黙が続く。本当は長くないのかもしれない。ほんの1分も無いのかもしれない。でも私には、生まれてからこれほど待ったことが無いと思える位、長く感じられた。
 ……これ以上待っていたら、どうにかなってしまいそう。
 その時だった。小林が私をきっ、と睨み、拳を固め、口を開いた。

「……一人の男性として、好きだ」

「……あんた、本当にわかって言っているの? 祐介は男なんだよ?」
「ああ」
 はっきりとした口調で肯定された。
 やっぱり、か……。私の勘は、残念だけど当たってしまった。覚悟はある程度していたものの、結構ショックよね。
「……でも」
 小林が鐘ノ音先生の下、私の反対側に来て、うつむきながら言った。
「祐介は、俺が祐介を好きだってことは知らない」
 風が、私と小林の髪を撫でる。
「そうよね。そんなこと言えるはず無いわよね。男同士でなんて……」
 私がそう言うと、樹が少し微笑んだ。
「うーん、それはちょっと違うんだけどな。まあ、そういうことにしておいてくれ」
 むう。切れの悪い返事ね。何か違ったのかしら。
「で、これからも祐介に告白する気はないのね?」
「……今のところは、無い」
「そう……」
 ほっとした。これで解決、かな?
「今は祐介の心が朽木に向いているからな。その状況が変われば、また心も変わるさ」
 え? ということは、祐介の心が私から離れたら、わからないってこと?
「……ねえ、あんた。もしかして、最近私と祐介が会えないようにしているのって」
「まあ、そういうこと」
 げ。やっぱりか。こいつ、自分が告白するために、祐介を連れて行って、私たちの仲が気まずくなるようし向けていたのね。私はそれにまんまと引っかかって、一人やきもきしていたわけだ。
「もうやめてよね。こんなことで、私と祐介の仲は変わらないわよ」
「そのわりには俺の部屋を覗いたり、こうやって呼び出したりしているよな」
「なっ、いいでしょ、どうだって」
 覗いていたこともばれていたのか。何だか情けないぞ。
「まあ」
 と、小林が続ける。
「もう祐介を朽木と会わせないようにとかはしないさ。フェアじゃないしな。やっぱり祐介の心は、自分の力で引き寄せないと」
 ……あきらめるわけじゃ無いのね。
「それにさ。祐介を引き留めるのも、もう限界なんだ。どっちにしても、今日で終わりだったんだよ」
「そうなの? なんで?」
 私が聞くと、小林はちょっと意地悪な笑みを浮かべながら、んー、と背伸びをした。
「さあ、なんでかな。そこまで教えるほど親切じゃないんでね」
「意地悪ね」
 私も少し微笑む。
「もし、あんたが祐介のことを好きじゃなかったら」
「ん?」
 こちらを向いてきた小林の顔から目をそらし、西の空を眺める。夏の長い昼がもうすぐ終わり、夜の静寂が東からやってくる。
「もしもの話よ。もし、祐介のことが無かったのなら、私、あんたと仲良くやっていけたと思うわ。あんた、私に少し似ているのよ」
「そうか。俺も、そうだな。きっと気が合うと思うぜ」
「そう……」
 少しの間、沈黙が広がる。鐘ノ音先生の左右に私たちの影が伸びている。二人とも先生に手をついているので、影では二人で手を繋いでいるように見えた。実際は、そんなことは無いのだけれども。繋がっているように見えて、繋がっていない二人。
 小林の影が動く。
「話は終わりだな?」
 私の影も動く。
「ええ、終わりよ。呼び出したりして悪かったわね」
「いや、いい。いずれはっきりさせないといけなかったことだから」
「そう」
 小林が、野暮ったそうに右手を挙げ、学園の方へと歩き出す。
 と、声が届くか届かないかの距離になった頃、小林が止まった。
「……のさ」
「え、聞えないー!」
「あのさ! さっき言ったことだけどさー!」
「なあにー!」
 小林が顔だけをこちらに向けた。
 そして、笑顔でこう言ってきたのだった。
「俺さ、祐介のことがあっても、朽木と仲良くやっていけると思うー!」
 はは。ははははは!
 私も笑顔になって、言い返す。
「本当のこと言うと、私もそうー!」
 本当に私たち、似たもの同士なのね。だから、二人とも祐介に惹かれたのかな。

 小林が見えなくなった後も、私は少しこの場に残っていた。
 これで、全部解決したのよね。明日からは、また祐介と普通に一緒にいられるのよね。
 なんか、安心して、体の力が抜けた感じがする。
 ……。
 …………。
 あれ? そういえば、祐介は毎日小林の部屋に行って何をしていたのかな。今までの様子だと、小林に言われてってのもあるけど、半分祐介が自主的に通っていたって気もする。祐介も小林の部屋に行く理由があったのよね。さっき見たところだと、なにか机上で作業をしていたみたいだけど。
 まあ、いいか。明日にでも祐介に直接確かめよう。

 このとき私は、明日が何の日かすっかり忘れていたのであった。大事な日なのに。

−続く−

<4〜結〜 へ>